台湾旅行Vol.9、孔子廟(コンズミャオ)

台湾旅行Vol.9、孔子廟(コンズミャオ)

今日の神戸は、晴れ!
気持ちのいい週末になりそうですね!
みなさん、どこかへお出かけされますか

さて、台湾旅行の続きのお話は、保安宮の続き!
<孔子廟(コンズミャオ)>
旅々台北comによると、
『台湾で一番の孔子廟は?と聞けば、
台北の孔子廟と、台南の孔子廟とで意見が分かれるそうです。
17世紀に建立された台南の孔子廟は、「全台首学(台湾最高の学問の神)」
という別名を持ちますが、台北の孔子廟はさらに特別で、
台北市直轄の孔子廟。毎年政府主催の祭事が開催される、
政府お墨付きの廟なのだそうです。

孔子廟 (7)_resized.jpg
孔子廟の南側、庫倫街に面した外壁に「萬仞宮牆」の四文字が大きく書かれています。
これは論語の「夫子之牆數仞/不得其門而入/不見宗廟之美/百官之富/得其門者或寡矣」
からとられているのだそう。
「学問を収めるのに近道は無い、真面目に学ぶのみ」という意味だそうです。』

孔子廟 (1)_resized.jpg

孔子廟 (2)_resized.jpg
主殿、大成殿
大成殿の龍と一緒に写真を撮ると、大物になれるそう!
写真、ちょっとわかりにくいですが、中央よりに2本ある柱がそう。

孔子廟 (3)_resized.jpg
★孔子とは
『儒教の祖として日本でも有名な孔子。
中国では著名な学者や政治家、軍人といった尊敬すべき人物を神格化し、
廟にお祀りする習慣があります。孔子はその代表的人物で、
すでに紀元前200年頃の前漢の時代から、孔子を本尊にした孔子廟が建立されていました。
中国や台湾の主要都市には必ずといっていいほど孔子廟があり、
学問の神として崇められています。
中国、春秋時代の魯(現在の中国山東省)の思想家である孔子(紀元前551年~479年頃)は、
儒教の開祖者として古来より中国で深い尊敬を受けてきました。
政治家として周の国政改革を担いましたが、残念ながら成功はせず、
諸国を遍歴後、魯に戻って古典の編纂や教育に専念しました。
後にその思想を弟子がまとめたのが「論語」で、中国のみならず日本や諸外国でも
広く読み続けられているのは周知のところです。』

孔子廟_resized.jpg
★孔子廟の歴史
『台北の孔子廟の建設が始まったのは、さかのぼること1875年。
しかし、現在のような豪華な廟が完成するまでには、さまざまな紆余曲折がありました。
当時としては異例の費用と人員を費やし、ほぼ10年をかけて孔子廟が完成したのは1884年。
祭礼の準備のため中国大陸に人を派遣したりと、廟の経営が本格化しはじめた1894年、
日清戦争が勃発しました。
戦争の結果、台湾は日本に割譲され、日本軍が台北を占拠。
孔子廟や記念碑、備品のほとんどが破壊され、廟の敷地は日本人学校として利用されました。
しかし1920年代から孔子廟復興の動きが市民の間に広がり、中国大陸から寺院建築家を招聘。
1939年に現在の孔子廟が完成したのです。
第二次世界大戦後、孔子廟は台北市に寄贈され、台北市政府の管轄下におかれました。
そのため毎年新暦9月28日の孔子誕生日に開催される「孔子節」では、
台北市長が祭官長を務めることが慣わしとなっています。
各地で開催される「孔子節」ですが、ここ台北孔子廟での規模は台湾一。
古代中国の宮廷衣装に身を包んだ人々が、伝統の雅楽と踊りを奉納する様子は、
まさに一見の価値ありで、このお祭りのためだけに台湾旅行を計画しても
惜しくないぐらいだそうですよ!』

孔子廟 (6)_resized.jpg
大成殿の天井は、極彩色!



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