台湾旅行Vol.11、総統府

台湾旅行Vol.11、総統府

今日の神戸は、晴れ!
気持ちのいいお天気になってきましたね!

昨日は、久しぶりに王子動物園に行って来ました!
パンダちゃんも、レッサーパンダも、シロクマも、その他の猛獣たちも、
とってもかわいかったですよ!
またそのうち、ブログにアップしますね!

さて、台湾旅行の続きのお話は、茶芸店の続き!
総統府 重要文化財に指定され、台湾と日本をつなぐ絆でもある総統府。
平日午前中は無料で見学できるそうですが、
私達は、走るバスの車窓からちらっと見ただけ。
2012.8.台湾旅行 129_resized.jpg
人を惹きつける美しい建物の総統府。
外側だけでなく、内部もとっても美しく、
そして意義深い展示物が数多く置かれているそうです。

総督府2.jpg
1919年(明石元二郎総督時代)、総統府は建てられました。
「当時は総督府といわれ、日本国内で建築家を募集した結果、
長野宇平治という方が選ばれたそうです。
総統府のシンボルでもある正面入り口の塔の中には、
上棟式のお札が大事に収められているんだそうです。」

総督府3.jpg

総督府4.jpg
ウィキペディアによると、
「台湾総督府は、1895年(明治28年) の馬関条約締結から1945年(昭和20年)
の日本の降伏まで台湾を統治した。
台湾総督は「土皇帝」と呼ばれるほど台湾の行政・司法・立法から軍事までを
一手に掌握しうる強大な権限を持った。
初代総督は樺山資紀で当初は陸海軍の将官が総督を務めた。
児玉源太郎総督の下で1898年に民政長官に就任した後藤新平は、土地改革を行いつつ、
電気水道供給施設・交通施設情報施設などを整備、アヘン中毒患者の撲滅、
学校教育の普及、製糖業などの産業を育成することにより台湾の近代化を推進し、
一方で統治に対する叛逆者には取り締まりをするという『飴と鞭』の政策を
有効に用いることで統治体制を確立した。」という。
台湾は気候がよくて、米の二毛作を日本が伝授し、日本が戦争でお米が取れなくなっても
台湾からお米を日本に輸送させたこともあったといいます。

ある一時台湾は日本だったという事実を経て、台湾の方々に親日家が多いと言われるのは、
日本の統治下で、台湾の近代化がなされたからでしょうか
深い感慨とともに、考えさせられることも多いですね!



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