芦有ドライブウェイと、清荒神清澄寺・拝殿

芦有ドライブウェイと、清荒神清澄寺・拝殿

今日の神戸は曇。
夕方には、雨が降るようですね。

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昨日のお昼は、牛肉うどん
牛肉の他に、玉ねぎ、人参、しめじ、水菜、生姜も入れ、
片栗粉でとろみを出してから、卵とじをして、仕上げにおねぎ
牛肉をたっぷり入れたせいか、腹もちがよかったですよ!

昨日は、彼氏と紅葉狩りドライブに出かけました。
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芦有ドライブウェイの展望台

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中央にちらっと見えているのは奥池

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中央左よりに、ぽっこり小さな山は甲山(かぶとやま)
甲山のはるか向こうには、奈良の生駒山が、うっすら見えています。

芦有ドライブウェイは、芦屋から有馬まで抜ける有料道路で、
紅葉するときれいなはずなのですが、まだ少し早かったようです。
有馬温泉も、まだ紅葉には早すぎたみたい!

有馬から宝塚の清荒神清澄寺(きよしこうじん せいちょうじ)へ!
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山門
清荒神清澄寺のHPによると、
『小規模ながら三門形式に則った山門で、明治40年頃の建立と伝えられています。
山門の向かって左手前に「大界外相(たいかいげそう)」と刻まれた石碑が立ち、
ここからは聖域であるという意味を表しています。
石碑の文字は第35世道樹和上の筆とされています。
右手前には宇多天皇より賜った称号「日本第一清三寳大荒神王」の石標、
山門正面に「蓬莱山」の扁額が掲げられています。
山号の「蓬莱山」は古代中国から信じられてきた仙境の謂であり、
山容が仙境にふさわしいところから、開創時よりこの名があります。
扁額の文字は、随心院の門跡で名筆と謳われた智満上人晩年の筆です。
山門内側には、当山第33世浄界和上筆「薝蔔林中不嗅餘香
(せんぷくりんちゅう よこうをかがず)」の扁額が掲げられています。
この語は維摩経より採られており、薝蔔(くちなし)の花の強い香りが
他の香りを打ち消すところから、一旦山門をくぐれば俗界の煩悩も打ち消され、
清浄な気持ちになり身も心も洗われる思いであるという意味です。
山門を入ると、樹齢約500年と推定される2本の大銀杏があります。
宝塚市の天然記念物に指定されています。』という

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ここも紅葉がきれいらしいんですが、まだ樹々が緑ですね。

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朱い橋の両端に鎮座するのは、布袋さんでしょうか
ウィキペディアによると、
『清荒神清澄寺は、兵庫県宝塚市にある真言三宝宗の寺院(大本山)。
摂津国八十八箇所第72番。
896年(寛平8年)に宇多天皇の勅願寺として静観僧正により建てられた。
本尊は大日如来。鎮守社として三宝荒神社があり、
竃の神の荒神などを祀る神仏習合から「清荒神清澄寺」の名称がある。
本尊は大日如来で、国の重要文化財に指定されている。
山内には画家富岡鉄斎の作品を集めた鉄斎美術館が1975年に設立された。
近隣地域では、「荒神さん」と呼び慣わされ、かまど神の一種として、
ここで受け取ったお札を台所の神棚に祀るなどの信仰が根付いている。
門前の緩やかな坂道には、屋台を含め200近い店舗が軒を並べて門前町を形成している。』
ということですが、大きな無料駐車場があり、
寺の山門に向かう両脇にはお店が並んでいるのですが、
閉まっているお店が多かったです。

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拝殿
清荒神清澄寺HPによると、
『天堂には、三宝荒神王、大聖歓喜天(聖天)、十一面観世音菩薩他、
福徳を授ける諸神諸仏が祀られています。
聖天さまは仏教守護の神として、祈れば富貴を与え病を除き、
夫婦和合・子を授けると言われています。
また十一面観世音菩薩も除病・滅罪・求福を祈れば現世利益を得ることが出来るとされています。
日々の修法には、白飯・赤飯・小豆・神酒・菓子・果物・餅・
それに聖天さまの好物大根・おだんが供えられます。』
お寺の参拝の仕方がわからないよ~~!

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おみくじを引くと、52番

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きゃあっ~~!!!「凶」
「凶」なんて引いたの初めてかも~~

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奥に鏡が見えますね!
『東面した拝殿から浴油堂が棟つづきになり、
三宝荒神・歓喜天尊の合行如法浴油供(ごうぎょうにょほうよくゆく)の秘法が、
毎日当山法主により華水供(けすいく)一座、浴油供二座の計三座、
平和と繁栄、愛と福徳の祈りをこめ厳かに行われています。
尚、法務による法主不在の日も、自ら、その間のお勤めを前日または数日前から行う「
拝み越し」を修し、一日も途切れることはありません。
また拝殿では、各大祭、月例祭(毎月28日)、月旦祭(毎月1日)に
大般若経転読法要が奉修され、世界の平和や除災招福がお祈りされています。
尚、浴油堂は秘密の戒壇として法主と坦行事(だんぎょうじ)以外の入座は許されません。』

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拝殿の裏に回ると、おばさんたちが、長い棒で、お金を集めています。
何をしているのか聞いてみると、中にあるお金を棒で拾い、
持って帰って、次に来る時、倍にして返すのだといいます。
私も、5円をいただいて帰りました!
荒神影向(こうじんようごう)の榊
『ご本社の背後には、当山開創に際し、荒神様がお姿を現されたと伝えられる
「荒神影向の榊」があります。当時、この霊験の報告を受けた宇多天皇は、
大変感銘され、「日本第一清荒神」の称号を下賜されました。
現在では、いつの頃からかそこに供えられたお賽銭をいただいて帰り、
次回参詣されたとき、そのお賽銭を倍にしてお返しするという風習が伝えられています。
いただいたお賽銭を紙に包んで財布に入れておくと小遣銭に不自由しない、
また次に参詣されるまでそれを「御守り」として持っていると吉事があるなど言われています。』
早速、紙に包んでお財布に入れとかなきゃ

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眼神祠(がんじんし)
『護法堂(ご本社)の裏から右回りに行くとはじめに「眼神祠」があります。
もとは護法堂のちょうど裏にあり、当時は清水が湧き出していて、
参詣の方々が柄杓でその水を汲み、眼を洗ったりしたようです。』
眼が良くなるようお願いする所かと思っていました!

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火箸納所
『納札所の隣の「火箸納所」は、厄年にお祀りしていた厄除け火箸を、
厄が明けた年の節分以降に納める所です。
「かまどの神様」として信仰される三宝荒神王にあやかり、
厄年の人が火箸で厄をつまみ出してもらうとされ、
男性41~43歳、女性32~34歳の大厄には、各々前厄から3年間、小厄のときは1年間、
厄が明けるまで自宅でお祀りします。
なお、納所に火箸がいっぱいになれば、朝日新聞社を通じて引き取っていただいた
お金を社会福祉事業に寄付しています。』

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神変大菩薩(行者洞)
『「火箸納所」の隣に岩壁をくりぬいた祠、「行者洞」があり、
修験道の開祖、「役行者 えんのぎょうじゃ」(役小角 えんのおづぬ)を
お祀りしています。修験によって得た加持力をもって病気、災難等を取り除くと言われています。
寛政11年(1799)、役行者御遠忌(没後)1100年に光格天皇が、京都の聖護院に
勅使を遣わし、「神変大菩薩(じんぺんだいぼさつ)」の諡(おくりな)を贈りました。』

長くなったので、続きは、また明日!



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