伊勢旅行★内宮、秋季神楽祭と、神宮式年遷宮

伊勢旅行★内宮、秋季神楽祭と、神宮式年遷宮

今日の神戸は、いいお天気みたいですね!

昨日は、スポーツクラブで、サーキットトレーニングと、ピラティス、
そして、最近はまっているストレッチポールを使った筋膜ほぐし。
お風呂にもたぷり入って、足裏マッサージもしましたよ!

最近、消化に時間がかかるのを避けるために、
なるべく野菜と、豆腐や豆類メインの食事を心がけています。
肉、魚、卵などのタンパク質は、72時間ごとに1種類というもの。
けっこうな量を食べているのですが、満足感がなくて、
ストレスが溜まっているのか、飢餓状態のような感じです。
一旦、お書きや、チョコなどのおやつを食べだすと、
もう止まらない 
私には、食事制限するダイエットは、向いてないような気がします。

さて、伊勢旅行の続きのお話は、内宮、秋季神楽祭。
内宮 (17)_resized
秋季神楽祭。演目は、「振鉾(えんぶ)」、「迦陵頻(かりょうびん)」、
「抜頭(ばとう)」、「長慶子(ちょうげいし)」。
Wikipediaによると、『神楽(かぐら)は、日本の神道の神事において
神に奉納するため奏される歌舞。』という。
神様が、神楽を好まれるのだとか。

内宮 (18)_resized
「振鉾(延鉾)」:舞楽の演目の一つ。
舞人達が、舞台で鉾を振るう演目。
舞楽の上演に先立ち、舞台を清める為に行われる、
儀式的要素の強いものである。
左方の舞人がまず鉾を振るう「一節」、
続いて右方の舞人が鉾を振るう「二節」、
そして左右両方の舞人が同時に振るう「三節」の三段階を採り
、三節目は「合わせ鉾」とも呼ばれる。

内宮 (19)_resized
伴奏にも「乱声」と呼ばれる特殊な演奏形式が採用される。
周の武王が殷の帝辛(紂王)を滅ぼした際、
左手に黄金の鉞、右手に白い毛の牛の体毛を付けた旗を持ち、
天下泰平を誓ったというエピソードに由来すると「教訓抄」は伝えている。

内宮 (21)_resized
「迦陵頻」:雅楽の演目で、「林邑八楽」(りんゆうはちがく)の一つ。
左方(唐)楽に属する童子の四人舞で、番舞は胡蝶。
演目名は極楽浄土に住むという人面鳥身で美声を持つ
霊鳥迦陵頻伽に由来している。

内宮 (24)_resized
中国から渡来した曲目で、元林邑調であったが、
後には壱越調で舞うようになったらしい。
管絃の遊びにも用いられたが名前の由来からもわかるように、
仏教行事の舞楽として多く奏された。
神社では巫女が舞う場合も多い。
管絃向けに双調、黄鐘調に編曲されたものを「鳥」という曲名で呼ぶこともある。

内宮 (25)_resized
平絹白地の袴の上に、赤系統の地色に小鳥を散らした
尻長の紗の袍を着て、手には銅拍子(小型のシンバルのような道具)を持つ。
足には脚伴の形をした鳥足というすね当てをつけて
絲鞋を履き、背と胸に、牛革、又は重ね貼りした和紙に
胡粉を引き紅や緑青で羽を描いた翼と胸当てをつける。
頭に鍍金した唐草模様の宝冠(雅楽では、山形の額飾りと側
頭部に二本の剣形の飾りを備えた金属製のヘッドバンドを指す。)
をつけて二本の桜の枝をはさみ、図画資料では髪は下の輪のみ
の角髪に結うことが多い。
化粧は稚児と同様の白塗りの厚化粧が原則となるが、しない場合や薄化粧の場合もある。
この衣装をつけさせた童子に宴会の際の舟を漕がせることなども行われていたらしい。

内宮 (26)_resized
「抜頭」:宗妃楽とも呼ばれる太食調の唐楽で雅楽の曲名の一つ。
またその舞に使われる舞楽面。
長い髪が前に垂れ鼻の高い独特の面で舞う一人舞。
天平年間(729年-749年)頃に、林邑僧の仏哲が伝えたという。
左方の舞楽の他、右方の舞楽の伴奏用にも用いられる。

内宮 (28)_resized
起源については、親を猛獣に殺された胡人の子が、
猛獣を討ち歓喜する姿。
嫉妬に狂った唐人の妃が髪を乱す姿。
など諸説があるそうですが、神宮の方の説明では、
親の仇の猛獣を討ち果たすという説明でした。

ブリタニカ国際大百科事典によると、
長慶子日本の雅楽の曲名。「ちょうげし」とも読む。
唐楽,太食 (たいしき) 調に属する。舞はない。
管弦の合奏曲。舞楽公演のときに,公演のしめくくりに奏される。
いわゆる後奏曲として著名。
このときは,管楽器と打楽器で軽快に合奏され,弦楽器は入らない。

お神楽は個人でも奉納出来るんだそうです!
当日申込みで、御饌で、初穂料が1人5,000円以上になり、
神饌(おさがり)を1体お受け頂けるそうです。
登場人物は5人以内。グループでもできます。
詳しくは、⇒http://www.iwatoya.co.jp/kagura.html

さて、ここらへんで、神宮式年遷宮について、
神宮式年遷宮20年に1度の大祭、
神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)は、正殿(しょうでん)を始め
御垣内(みかきうち)のお建物全てを新造し、
さらに殿内の御装束(おんしょうぞく)や神宝(しんぽう)を新調して、
神儀(御神体)を新宮へお遷し申し上げる、我が国で最も重要なお祭りのひとつです。

神宮の古伝では神宮式年遷宮は、天武天皇の御発意により、
次の持統天皇4年(690)、第1回の式年遷宮が内宮で行われました。
以来、戦国時代に中絶するという事態に見まわれながらも、
1300年にわたって続けられ、平成25年秋には第62回の
神宮式年遷宮が古式のままに行われました。

掘立柱(ほったてばしら)に萱(かや)の屋根が特徴の神宮の建築様式は、
唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と呼ばれ、弥生時代にまで
遡る高床式穀倉の姿を今に伝えています。
檜(ひ)の香もかぐわしいお建物が完成するまでには、ほぼ8年の歳月
を要しますが、その間、御料木を伐り始めるに際してのお祭りを始め
御造営の安全をお祈りするお祭りや伊勢市民がこぞって参加する
行事などが数多く行われます。

御造営と平行して、御装束神宝もまた古例に則り調製されます。
御装束とは、正殿の内外を奉飾する御料の総称で、525種、1,085点を数えます。
これに対して、神宝とは調度の品々で、189種、491点あります。
 伝統工芸の優れた技術を守り伝えるという重要な意味もありますが、
御造営とともに式年遷宮に欠くことのできない大事業です。

内宮、外宮の両正宮と14の別宮で遷宮の大祭は行われますが、
かつて「皇家第一(こうかだいいち)の重事(じゅうじ)、神宮無双(むそう)
の大営(たいえい)」とその意義が説かれましたように、皇室の大祭
でありますと同時に、神宮にとりましてはその永遠性を実現する
大いなる営みでもあるのです。



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