京都、洛北、紅葉狩り★光悦寺と、母の入院

京都、洛北、紅葉狩り★光悦寺と、母の入院

今日の神戸は、雨。
もう雨が降ってきています。
夕方6時の、ルミナリエ点灯の時間には
曇の予報になっていますが……。

昨日は、予約していた歯医者さんに行った後、
お花とパジャマを買って、母のお見舞い。
一昨日の晩、家で、ひどいコケ方をして、
腕の骨を折る大けがをしてしまいました。
骨が皮膚から突き出る骨折で、夜中に4時間の緊急手術 
痛そうでしょ!
肩から金具を入れて、固定したそうです。
利き腕で、痛い上に、動きが取りにくいようです。
母、今年は、ホントに怪我が多いです。
3週間の入院だそうですが、早くよくなりますように!

さて、源光庵で、「迷いの窓」、「悟りの窓」を見た後は、
歩いて3分ほどの光悦寺。
このあたり、お寺が密集していますね!
光悦寺 (10)_resized
Wikipediaによると、
『光悦寺(こうえつじ)は京都市北区鷹峯にある日蓮宗の寺院。
山号は大虚山。旧本山は京都本法寺。親師法縁。
鷹峰三山(鷹ヶ峰、鷲ヶ峰、天ヶ峰)を望む景勝地である。
江戸時代の芸術家である本阿弥光悦に元和元年(1615年)に
徳川家康がこの地を与えた。
『本阿弥行状記』によれば、当時は「辻斬り追い剥ぎ」の出没する
物騒な土地であったという。
この地に光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住み芸術の集落となった。
光悦の死後に屋敷は寺となり、境内には光悦の墓碑がある。』という。

光悦寺 (9)_resized
入ってすぐに目につく鐘。

光悦寺 (8)_resized
拝観料は、大人:300円。

光悦寺 (7)_resized
『境内には大虚庵、三巴亭、了寂軒、徳友庵、本阿弥庵、騎牛庵、
自得庵の7つの茶室が散在し、庫裏に接して妙秀庵がある。
これらはいずれも大正時代以降の建物である

{三巴亭 } 大正10年(1921年)に建てられた数奇屋建築で、
八畳2室、水屋等からなる。
北西の八畳は光悦堂と称し、仏壇には光悦の木像を安置する。』

光悦寺 (6)_resized
『{大虚庵 }境内に建つ茶室。
「大虚庵」は、光悦が鷹ヶ峰に営んだ居室の名称であるが、
現在ある大虚庵は大正4年(1915年)に新たに建てられたもので、
道具商・土橋嘉兵衛の寄付、速水宗汲の設計である。
ただし、建設後に光悦会によって改造されており、正面入口の
貴人口(障子3枚立て)がにじり口に変更されたほか、
間取りも当初の三畳台目から四畳+二台目に変わっている。
大虚庵前の竹の垣根は「光悦垣」またはその姿から臥牛(ねうし)垣
と呼ばれ徐々に高さの変る独特のものである』
「光悦垣」は、竹を斜めに組んだ垣根。

光悦寺 (5)_resized

光悦寺 (4)_resized

光悦寺 (3)_resized
鷹峰三山(鷹ヶ峰、鷲ヶ峰、天ヶ峰)

光悦寺 (2)_resized

光悦寺 (1)_resized
光悦の墓所



ブログランキングに参加しています
 クリックしてね! 

スポンサーサイト
Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  •  …この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
 

~ Comment ~

  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif

同じカテゴリの記事が一覧表示されます
同じタグの記事が一覧表示されます
更新月別の記事が一覧表示されます
キーワードで記事を検索