甲賀三大佛、大池寺(だいちじ)」釈迦丈六坐像」

甲賀三大佛、大池寺(だいちじ)」釈迦丈六坐像」

今日の神戸は、晴れ!
昨日の夜は、すごい暴風雨で、びっくりしました!
台風がきたみたいでしたね!

今日は、ダンス系エアロビクスと、脂肪燃焼系エアロビクス、
筋膜ほぐしと、ストレッチ、ヨガ、お風呂に行ってきました!

島根旅行、出雲大社のお話をアップしようと思っていたのですが、
なかなか書き進められなくて……。
今日は、先日行った松茸&近江牛すき焼きあばれ食いと、
甲賀三大佛を訪ねる旅の続きのお話を先にしますね!

朝、九時半ごろに家を出発。
雲は多いですが、一応は晴れ!
暑くなりそうなお天気でした。
先日ブログに書いた「一生分の松茸を食べられ、近江牛の
すき焼きも食べ放題!」というお店に行くのですが、
食事を、午後一時に予約したので、
先ず、甲賀三大佛のひとつ、大池寺を目指します。

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10時40分ごろ、草津SAで休憩 

P9260418.jpg
この日は、自衛隊の車両がたくさん走っていました。

大池寺 (1)_resized
11時半、「大池寺(だいちじ)」到着  
広々とした入口 ですね!
滋賀県甲賀市水口町名坂1168 TEL:0748-62-0396 

大池寺 (2)_resized

大池寺 (3)_resized
松を長く横に這わせています。
何か意味があるのでしょうか  
ちょっと不思議!

大池寺HPによると、
『大池寺は、今から約1250年前、天平年間(729~784)諸国行脚の高僧、
行基菩薩(668~749)がこの地(現在の滋賀県甲賀市水口町名坂)
を訪れた際、日照りに悩む農民のため、灌漑用水として、
「心」という字の形に4つの池を掘り、その中央に寺を建立し、
一彫りごとに三拝したという「一刀三礼の釈迦丈六坐像」を安置した
と伝承されている。
当時の文献は、何一つ、残されてはいないが「甲賀郡志」
「水口町志」によると、寺の名を「邯鄲山青蓮寺」といい、
山内寺院は八ヶ寺を数え、七堂伽藍の備わった、天台宗の寺
であったという。
その後、鎌倉期に禅宗が日本に伝わり、東福寺開山聖一国師の
孫弟子である、無才智翁禅師が、この地を訪れて青蓮寺を
禅宗に替えた。約750年前のことである。
室町時代を経て安土桃山時代に入り、天正5年(1577)に
戦国の兵火に遭い、境内全域が焼き払われ、七堂伽藍は
ことごとく焼失してしまった。
しかし、不思議にも行基菩薩の作なる仏像のみ焼け残り、
その後約90年間、草庵に、安置されていたとはいうものの、
風雨にさらされた状態であった。
寛文7年(1667)京都花園妙心寺の丈巌慈航禅師が当地を訪れた際、
草庵の仏像を見て、寺の再興のため住山の決意をしたという。
又この時、山号寺名を「邯鄲山青蓮寺」から、周囲に大きな池が
あるのに因み「龍護山大池寺」と改名したのである。
以後大池寺の再興に尽力し、寛文10年(1670)に仏殿、庫裡が完成した。
その時に多額の浄財を寄進したのが、後水尾天皇、伊達宗房や
織田主水正信である。
中でも織田主水正信は、当地の地頭で、織田信長の甥にあたり、
大池寺再建のため多くの寄進をし、大池寺の開基となった。
現在も、開山堂横に墓石が祭られている。
大池寺の寺紋は、この様ないきさつより、織田家の家紋で
ある「織田モッコウ」となっている。
大池寺内には、本堂・庫裡・茶室・隠寮・書院・鐘楼・土蔵・
弁天堂などがあるが、中でも本堂は、大池寺再興以来、
当時のままを保ち、それは禅宗建築における仏殿様式で
床は瓦敷きとなっている。
昭和60年(1985)に、本堂屋根の修復工事を行った際、
瓦より建立寺の年代を示す刻印が発見できた。
又、屋根板には当時の寄進者の祈願が記されていた。
この工事で、本堂西側に隣接し開山堂を増築したのが唯一の変化である。
又、庫裡においては昭和25年(1950)に、大改築、修理を行った。
龍巌月泉和尚が、昭和12年(1937)に住山するまでに、
住職不在の期間があり、また庫裡も建築以来、それまでは
手が加えられておらず、当時の建造物は葦葺きの大屋根で
建物の崩壊は、はなはだしく、いたるところに雨漏りや
壁落ちのある惨憺たる建物だった。
書院前庭の江戸初期、小掘遠州作と称される枯山水庭園はじめ、
境内いたるところに風情ある庭があり、四季を通じ自然の移り変わり
を楽しむことができる。』という。

大池寺 (4)_resized
鐘楼

大池寺 (5)_resized
弁財天

大池寺 (6)_resized
沙羅双樹

大池寺 (7)_resized
菩提樹

大池寺 (8)_resized
正面の仏堂の扉を開けてみると、大佛さん!

大池寺 (9)_resized
高岡製銅像聖観音立像

大池寺 (10)_resized
信楽だから?狸がかわいい!

大池寺 (34)_resized
水琴窟

大池寺 (35)_resized
広い庭を入って行くと、やっと庫裡があって、400円を支払い
拝観受付を済ませると、書院に通され、庭を眺められる椅子に
腰かけて、ビデオで説明を聞きます。

大池寺 (32)_resized

大池寺 (33)_resized
書院奥には、薬師如来像があり、「おんころころせんだり
まとうぎそわか」という真言が書かれています。

大池寺 (11)_resized
蓬莱庭園の大洋の大波小波と、宝船

大池寺 (12)_resized


大池寺 (13)_resized
天然石で月を表わす
この庭園を眺めながら、お抹茶をいただくことが出来ますよ!
『この蓬莱庭園は江戸初期寛永年間に小堀遠州の作として
伝えられサツキの大刈り込み鑑賞式枯山水庭園です。
書院前方正面の二段刈り込みと左右の大刈り込みは
大洋の大波小波を現し白砂の水面上に刈り込みを以て
宝船を浮べ中に七つの石と小さな刈り込みで七宝と七福神
を象徴しています。
又、縁先右側には刈り込みによる亀島を、中央には礼拝石
が配されています。
書院後方茶室の前庭は、築山枯山水にて蓬莱山と称し、
石組に数種の灌木とサツキは恰も友禅模様の如く
実に華麗なる眺めであり、8.9月ともなれば刈り込みの
線条美うるわしく幽雅流麗の様はこの庭園の美しさを
味わうことが出来ます。
秋は背景の紅葉に彩られ赤、緑、白、三色配合の美、
最も美しく冬は紫褐色に変じて閑雅静寂、茶人の好む庭園
となり、まさに「静中の動」とも言うべく禅味豊かな作者の
非凡さを窺うことが出来ます。
尚、当寺は天平年間行基菩薩の開創の地で境内の周辺には
雄大なる心字の池があり、蒼樹碧をたたえ風光明媚にして
千古の霊跡を物語っています。』という。
庭園を眺めながら、まったりした時間が流れます。

大池寺 (16)_resized
白壁の土蔵で蓬莱山の雄大さを表わす

大池寺 (17)_resized
修行僧たちの喉をいやしたという井戸「佛母井」(ぶつもせい)

大池寺 (18)_resized

大池寺 (20)_resized
自分に至るという意味でしょうか 

大池寺 (21)_resized
茶室

大池寺 (19)_resized

大池寺 (24)_resized
甲賀三大佛のひとつ、行基作といわれる「一刀三礼の釈迦丈六坐像」。
像高約2.4m、丈六木彫、光背径約2.0m、台座約1.5m。平安中期の作。 
ここでは過去の安寧を祈ります。

大池寺 (23)_resized
お釈迦様の真言は、「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バク
 (Namaḥ samanta-buddhānāṃ bhaḥ)」
Wikipediaによると、
『釈迦如来(しゃかにょらい、しきゃじらい)または釈迦牟尼仏は、
仏教の開祖釈迦(ゴータマ・シッダッタ、ガウタマ・シッダールタ、
瞿曇悉達多)を、仏(仏陀)として敬う呼び名である。』という。

大池寺 (25)_resized
厨子の中に納まった観音様

大池寺 (26)_resized
駕籠があるんですが、何に使われたものなんでしょうか 

大池寺 (29)_resized
開山木像

きれいなお寺でしたよ! 
12時ごろお寺を出発して、松茸&近江牛すき焼きの
食べ放題のランチに向かいました!



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