京都22社巡り・平野神社

京都22社巡り・平野神社

今日の神戸も晴れ!
昨日も暑いぐらいのお天気かと思っていたら、
ちょっと肌寒かったです。

昨日は、ZUMBA♪と、サーキットトレーニングと、ピラティス、
業者さんのEMSブルブルマシーンと、お風呂。

まだ島根旅行のお話は終わっていないんですが、
今日は、先に、先週の土曜日に行った京都のお話。

10月17日(土)上賀茂神社で式年遷宮の記念行事が
行われるという情報をたまたま見たので、この機会に、
22社巡りも兼ねて、京都に行こう  と計画!
前日、どこをどうやって廻ればいいのか調べていたら、朝の4時 
9時頃出発の予定を立てていましたが、ちょっと無理だろうな、
と思いながら寝ました。

それでも7時半に起床!
あまり眠すぎるのも困るなぁ、と思いましたが、なんとかいけそう 
彼氏は、眠そうにしながら9時ごろ起きてきて
、「着る服がな~~い!」と、バタバタやっています。
前の日に準備をするということを知らないんだから!
それでも、9時半ごろに出発 
阪急三宮から梅田まで出て、京都線に乗り換え、
桂で阪急京都本線準急・河原町行に乗り換え、西院で下車。
1時間半ほどの行程です。

京都では、「市バス・京都バス一日乗車券カード」が500円で、
乗り放題(一部を除く)になるというので、是非買わなくちゃ 
と思っていたのですが、西院駅を出てすぐ左手の売店で、
売っていました!
売場を探さなくちゃならないと思っていたので、ラッキー!
ついでに、バス停の場所まで教えてもらいました!
PA180704.jpg
ホント、でも、このカード、今回すごく役に立ちました!

西院駅からすぐ前の交差点の横断歩道をまっすぐに渡って
すぐのところが市営205九条車庫前行、西大路四条のバス停。
売店のおばちゃんは、金閣寺行きだと教えてくれました。
バス停に行くと、九条車庫前行とは書かれていないよなぁ……。
ともあれ、205番のバスに乗り、15分ほどで 衣笠校前に到着 
スマホで検索して、バス停から道路を渡って 5分ほど歩いた所
にある最初の訪問地、平野神社に 11時40分ごろ到着 
予定より30分ぐらいの遅れですが、思っていたほどのダメージはなし!
お寝坊して、予定が狂うと思っていたわりには、順調な滑り出しです!

★平野神社:〒603-8322 京都府京都市 北区平野宮本町1  
HPによると、『794年(延暦13)平安遷都の際、この地に遷座。
朝廷も崇敬され、たびたび行幸。のち源氏、平家の氏神となる。
現在の社殿は寛永年間(1624-44)の造営で平野造とよばれ
本殿は重文。伊勢神宮、松尾大社などとならぶ22社のひとつ。
境内は桜の名所で4月10日桜花祭がある。
<御祭神【御祭神四座】>
今木皇大神(いまきすめおおかみ) 源気新生、活力生成の神(主神)
久度大神 (くどのおおかみ)    竈の神、生活安泰の神
古開大神 (ふるあきのおおかみ) 邪気を振り開く平安の神
比賣大神 (ひめのおおかみ)   生産力の神』という。
ここの神社の神様、はじめて聞く名前ばかりです。
もっとも、平野神社のことも、今回調べてみて
初めて知ったのですが。

平野神社 (11)_resized
道路沿いの鳥居

平野神社 (12)_resized
鳥居をくぐると、桜並木の参道があります。

平野神社 (13)_resized

平野神社 (14)_resized
手水舎

Wikipediaによると、御祭神の4神の考証として、
『◆今木神:4柱のうちの主神。国史での初見は延暦元年(782年)で、当時は平城京の田村後宮(田村第)にあった。平野社の祭神としての初見は承和3年(836年)。それ以前の出自については諸説がある。特に知られるのは、神名の「今木」とは「今来」すなわち新しく来た渡来人の意味であるとして、大和国高市郡(今来郡)において渡来人により祀られた渡来神であったとする説である[。ただし上代仮名遣いでは今木の「木」は乙類、今来の「来」は甲類に属するため同義にはならないが、「延喜式」祝詞には「今木」から移し祀られたという記載があるため、元々「今来」だった音韻が奈良時代・平安時代頃には乱れて「今木」と書かれるようになったと推測される。この田村後宮における祭祀者は高野新笠と山部親王(桓武天皇)と見られ、高野新笠の父の和乙継の出自である渡来系氏族和氏(やまとうじ)の祖神として祀られた渡来神といわれる。
「続日本紀」ではこの和氏の出自を百済武寧王の子の純陀太子と記すことから、今木神を特に百済系の渡来神とする説もある[9]。また平安時代末期の「袋草紙」の歌には
白壁の みこのみおやの おほちこそ 平野の神の ひひこなりけれ
(白壁王(光仁天皇)の皇子(桓武天皇)の御母(高野新笠)の祖父(和某)は平野神の曾孫である)
とも歌われている。この今木神が平野に祀られるに至った背景として、「愛宕郡某郷計帳」に見える平野居住の渡来人との関係の指摘もある。
なお、今日の諸文献ではこのように今木神を渡来神と見る説が多く挙げられるが、平野神社側ではこの説には否定的な見解を示している。

◆久度神:国史での初見は延暦2年(783年)で、「平群郡久度神」とある。平野社の祭神としての初見は承和3年(836年)。この久度神は、神名の「くど(竈、かまど)」に見えるように竈の神であるといわれ、「延喜式」に見える「竈神」はこの神を指すと見る説もある。高野新笠の母方の土師氏(はじうじ、のち大枝氏/大江氏)によって祀られた祖神とする説、東アジアに見られる「竈王神」と見て渡来神とする説もある。この久度神は、元々は「延喜式」神名帳に大和国平群郡の式内社として記載されている久度神社(奈良県北葛城郡王寺町の祭神とされる。なお、「延喜式」祝詞]では今木神と久度・古開神は別祝詞になっていることから、両神は今木神に次いで祀られたと見られている。

◆古開神(古関神):諸史料では「古開神」や「古関神」と見えるが、「古開」「古関」のいずれが正しいかは不詳]。現在の平野神社では「古開」の字を採用する。国史での初見は承和3年(836年)。この古開神は平野社関係記事にしか見えない神である。文献では「久度・古開」と一対として扱われていることから、渡来神であり久度神とともに久度神社に祀られたとする説や、久度神と元は同一であったとする説がある。

◆比売神(比咩神):承和3年(836年)の今木・久度・古開神の神階昇叙の記事では見えず、初見は嘉祥元年(848年)まで下る。史料には「合殿比咩神」と見える。承和10年(843年)]記事では梅宮大社の酒解子神(梅宮4柱の末神)とともに名神に預かった神として「平野社一前」と見えるが、これは平野社末神の比売神を指すと見て、承和3年から10年の間に合祀されたと推測される。
この比売神に関しては、高野新笠の母方の祖神を祀ったとする説や、高野新笠を指すとする説がある。
以上のように、今木神・久度神・古開神はいずれも渡来系の信仰に淵源を持つと考えられているが、平安時代中頃には「皇大御神」「皇御神」とも呼称され皇室の守護神として信仰された。また11世紀末頃から平野神を八姓の祖神とする信仰も見られるようになり、「二十二社註式」には、
第一 今木神 - 日本武尊。源氏氏神。第二 久度神 - 仲哀天皇。平家氏神。第三 古開神 - 仁徳天皇。高階氏神。
第四 相殿比売神 - 天照大神。大江氏神。県神 - 穂日命。中原・清原・菅原・秋篠氏神。と記されている。これらのうち中原氏の成立は仁寿元年(851年)であるため、伝承はそれ以降の成立になるが、「延喜式」で平野祭参加氏族として挙げられる和氏は含まれていないことから、和氏没落後の11世紀頃の概念と推測される。以上のうち源氏・平氏・高階氏・中原氏は皇別であることに、大江氏・菅原氏・秋篠氏は高野新笠母方の土師氏系であることに由来すると見られる。』という。

平野神社 (15)_resized
東神門 

平野神社 (16)_resized
舞殿形式の「接木の拝殿」(京都府指定文化財)
珍しい拝殿ですね 
神楽殿か何かだと思ってました!

平野神社 (25)_resized
拝殿の内側上部に「三十六歌仙絵」

平野神社 (17)_resized
本殿(国の重要文化財

平野神社 (18)_resized
『本殿は4殿2棟からなり、江戸時代前期の寛永年間(1624年-1644年)の西洞院時慶による再建である。
うち第一・第二殿は寛永3年(1626年)の造営で、第三・第四殿は寛永9年(1632年)の造営。
春日造檜皮葺の4殿はいずれも東面し、それぞれ今木神(第一殿)、久度神(第二殿)、古開神(第三殿)、比売神(第四殿)が祀られている。
第一殿と第二殿、第三殿と第四殿はそれぞれ空殿を挟んで連結する形式を採っており、この平野神社独特の形式は「比翼春日造」または社名から「平野造」と称される。

摂社の縣神社 (あがたじんじゃ、県神社) 祭神:天穂日命
玉垣内の本殿と並び、その南に鎮座する。社殿は棟札によると寛永8年(1631年)の造営で、昭和12年(1937年)に大修理を受けている。形式は一間社春日造で、屋根は檜皮葺。この社殿は江戸時代前期の春日造建築を知る上で貴重とされ、京都府登録文化財に登録されている。』という。

平野神社 (19)_resized
末社は4社併祀社 春日神社

平野神社 (20)_resized
住吉神社 

平野神社 (21)_resized
蛭子神社

平野神社 (22)_resized
鈿女神社

平野神社 (23)_resized
八幡神社

平野神社 (6)_resized
社務所 

平野神社
宮司さんにしては若いと思うイケメンに、
ご朱印いただきました!

平野神社 (1)_resized
御神木

平野神社 (3)_resized
樹齢400年という大楠の御神木「ご神木の周囲を廻り、
活力・生命力を戴き本殿へお参りしましょう」とあります。
先にお参りしちゃったよ!

平野神社 (2)_resized
すえひろがね
『大楠の前にあるこの霊石は餅鉄(べいてつ)とも呼ばれる
不思議な石で、磁力があって、磁石を近づけるとくっつきます。
昔は三種の神器のひとつがこの石から作られていた
という話も残っています。
昔はこの石に神さまが宿っていると信仰されており、鉄尊様(てっそんさま)
と崇められていました。
また、石を粉にして邪鬼を吸い取る薬としても用いられていました。
東北地方から運ばれたもので、平野神社が活力を与えてくれる
神さまを祀っているということが理由で奉納されたようです。
重さ200kg、高さ80cm、厚さ27cmと大きなすえひろがねは、
岩手県産で、国内最大の大きさなのだそうです。
餅鉄(べいてつ)は、ほとんどが米粒や豆粒程度の大きさしかなく、
こぶし大以上の大きさのものは、なかなか採れない』そうですよ 

そのパワーは、お守りに移して持って帰ることができます。

平野神社に訪れたら、まずは、すえひろがねを撫でて力を授かり、
次に、御神木を右回りに回って、鬼門、厄除け、源気成就の
ご利益を授かるのだそうです。
知らなかった~~!

平野神社 (24)_resized
魁桜
境内に広がる桜苑は花山天皇が寛和元年(985年)に
手植えして以来の桜の名所として知られているそうです。
また桜の季節に来たいですね!

平野神社 (4)_resized
10月桜 

平野神社 (5)_resized
秋だというのに、桜が咲いています!

平野神社 (7)_resized
出世導引稲荷神社

平野神社 (8)_resized

平野神社 (9)_resized
出世導引稲荷神社という名前が気になったので調べてみると、
平野神社は戦乱などで何度も荒廃しているそうで、
16世紀の終わり、再建が必要となった際、出世稲荷大明神に
祈願をしたところ浄財が集まって再建が果たせたため、
それに感謝して出世稲荷さまを勧請したのだそうです。

平野神社 (10)_resized
猿田彦神社

平野神社の参拝を終えた後は、清明神社に向かったのですが、
バス停がちょっと離れていて、スマホを頼りに歩いて行きました。
12時半になっていて、おなかが空いていたので 
ランチを摂る所を探しながら歩いていると、バス停の手前に、
和食のお店を発見 
松茸会席などもあって、心惹かれます。
和食なのに「ジョイ」という怪しいネーミングが気になったんですが……。
中に入ると、名前を書いてと言われ、席は空いているのに
待たされました。
支配人さん?が、中国人の団体さんのお会計に忙しかったよう
ですが、別に店の子でも、席に案内出来るでしょう!

錦秋弁当 (1)_resized
迷ったけど、お勧めされた錦秋弁当にしました!
ダシもちゃんととってあって、おいしかったですよ!
こんにゃくの田楽かと思っていたら、生麩の田楽だったんだけど、
もちっとしていておいしかったです!
銀杏の天ぷらも、食べたの初めてかも 

錦秋弁当 (2)_resized
オプションで、茶碗蒸しもつけてもらいました!



ブログランキングに参加しています
 クリックしてね! 


スポンサーサイト
Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  •  …この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
 

~ Comment ~

  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif

同じカテゴリの記事が一覧表示されます
同じタグの記事が一覧表示されます
更新月別の記事が一覧表示されます
キーワードで記事を検索