京都22社巡り・北野天満宮、天神さんの七不思議

京都22社巡り・北野天満宮、天神さんの七不思議

今日の神戸は、晴れ!
少し肌寒そうですね。

昨日は、朝の6時まで飲んで、
夕方の4時頃まで寝ていました!
晩御飯を食べてから、お酒のアテの買い出し!
今日も、まだ飲んでま~~す!
もうちょっとマトモな生活しななぁ~~!

さて、京都22社巡りの続きのお話は、
晴明神社を出て、歩いて3分ほどの所に、 堀川今出川の
バス停があるのですが、乗って来た場所の向かいの
バス停ではありません。
同じ名前のバス停がいくつかあって、一の鳥居の前の
道路の左手に見える四辻を渡ってすぐの所にあるバス停です
なんかややこしい!
バス停の名前を変えておいてほしいなぁ。
市営203 錦林車庫前行 のバスに乗って、北野天満宮前で下車。
道路を渡ったところがすぐ北野天満宮 で、所要時間 15分ほどです。
〒602-8386 京都府京都市 上京区馬喰町

北野天満宮 (1)_resized
バス停から道路を渡ってすぐのところに一の鳥居があります。
北野天満宮HPによると、
『北野天満宮は、菅原道真公をご祭神としておまつりする
全国約1万2000社の天満宮、天神社の総本社です。
天神信仰の発祥の地であり、親しみをこめて「北野の天神さん」、
「北野さん」と呼ばれています。
かつて帝がおわした大極殿は今の京都御所より西にあり、
北野の地は都の守護をつかさどる四方(北東、北西、南東、
南西)の北西、「乾」の地として大変重要な場所とされ、
天地すべての神々「天神地祇」をおまつりした地主社が
建てられました。
この神社に向けて帝が大極殿から祈りを捧げられるとき、
北野の上空には北極星が輝き、日・月・星の運行が
天皇・国家・国民の平和と安寧にかかわるとする「三辰信仰」
と結びついて、北野は「天のエネルギーが満ちる聖地」として
篤く信仰されるようになりました。
そして道真公がおまつりされると霊験はさらに増し、
北野天満宮は天空をつかさどる「天神」の社となって
「天神信仰」発祥の地と呼ばれるようになったのです。』という。

北野天満宮 (2)_resized
影向松

北野天満宮 (3)_resized
<天神さんの七不思議>
 ◆その一 影向松(ようごうのまつ)
『表参道の大鳥居(一ノ鳥居)をくぐってすぐ右手に、
石の玉垣で囲まれた一本の松が立っています。
影向松と名付けられたこの松は、当宮の創建から
この地にあると伝わる御神木。
立冬から立春前日までに初雪が降ると天神さまが降臨され、
雪見を愛でながら詩を詠まれるという伝説があり、
現在でも初雪が降った日には、硯と筆と墨をお供え
して「初雪祭」の神事を行っています。』という。

北野天満宮 (4)_resized
七不思議とは関係ないんですが、北野天満宮の中
には、たくさんの丑の像があります。

北野天満宮 (5)_resized
二の鳥居

北野天満宮 (6)_resized

北野天満宮 (7)_resized
伴氏社

北野天満宮 (8)_resized

<天神さんの七不思議>
◆その二 筋違いの本殿(すじちがいのほんでん)
『参道の正面に本殿がそびえ立つ。というのが多くの神社
で見られる光景ですが、当宮の楼門参道の正面には
摂社の地主社が立っています。
これは、もともとこの地には地主神社があり、のちに
菅原道真公をおまつりする社殿を建てたという
歴史的な理由から、本殿は地主社の正面を避けて
建てられました。』という。

北野天満宮 (9)_resized
『楼門:楼門の上部に掛けられた額には、「文道大祖 
風月本主」の文言が刻まれています。
平安時代中期の学者・慶滋 保胤(よししげ の やすたね)、
大江匡衡(おおえのまさひら)が菅原道真公を讃えた言葉です。
年末に奉掲するジャンボ絵馬も、京の師走の風物詩
として知られています。』

北野天満宮 (10)_resized
三光門へ向かう両側には、末社?があります。

北野天満宮 (14)_resized
三光門(重要文化財)

北野天満宮 (20)_resized
◆その三 星欠けの三光門(ほしかけのさんこうもん)
『本殿前の中門は三光門と呼ばれ、神秘的な
「星欠けの三光門」伝説が残っています。」
それは、門の名は日・月・星の彫刻に由来しているけれども
星は天上に輝く北極星のことで、実際には刻まれていないという説。
平安時代、御所の場所は現在とは異なり当宮を北西に臨む
千本丸太町に位置し、帝が当宮に向かってお祈りをされる際、
三光門の真上に北極星が輝いていたからだと伝えられています。』

北野天満宮 (18)_resized

北野天満宮 (21)_resized
◆その四 大黒天の燈籠(だいこくてんのとうろう)
『三光門の少し東南に立つ石燈籠は台座に大黒様の像
が刻まれていて、この大黒様の口に小石をのせて落ちなければ、
その小石を財布に入れて祈るとお金に困らないといわれています。
石燈籠は江戸時代に「大黒屋」を中心とする質屋さんの組合に
よって奉献され、このことからお金の運だめしが始まりましたが、
「落ちない」ことから受験生にも知られるようになりました。
古い燈籠ですので小石を乗せるときは、そっと触れてください。』

北野天満宮 (22)_resized
小石、乗りました 
私のが左で、右が彼氏。
お財布に入れて持って帰りましたよ!

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本殿前の梅

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本殿の鏡
『ご祭神菅原道真公をおまつりする本殿と拝殿、石の間、
楽の間を連結した日本最古の八棟造(権現造)です。
現在の建物は慶長12年(1607)に造営されたもので、
桃山時代の華麗な装飾とともに、歴史的に非常に
貴重な建築とされています。』

北野天満宮 (23)_resized
◆その五 唯一の立ち牛(ゆいいつのたちうし)
『天神さまのお使いとして、境内には神牛の像や彫刻が
数多くみられますが、これは菅原道真公が丑年生まれで
あったことと、大宰府でご生涯を閉じられた際、道真公の
御遺骸をお運びする途中で車を引く牛が座り込んで
動かなくなって、やむなく付近の安楽寺に埋葬したという
故事に由来しています。
この伝説から神牛は臥牛(伏した牛)の姿であらわされて
いますが、一体だけなぜか立った姿の神牛が拝殿の
欄間(らんま)に刻まれています。』

北野天満宮 (24)_resized

北野天満宮 (25)_resized
横に回っていくと、壁の赤が鮮やかできれい!

北野天満宮 (27)_resized
◆その六 裏の社(うらのやしろ)
『ふつう神社は前から拝むように造られていますが、
当宮の本殿は背面にも「御后三柱(ごこうのみはしら)」
という御神座をもっています。
道真公の御神座と背中合わせの形で北向きにおまつりされて
いるのは道真公のご先祖様の天穂日命、おじい様の菅原清公卿、
お父様の菅原是善卿の三柱の神さまです。
その昔、天満宮の参拝はこの「御后三柱」も含めて礼拝するのを
常としていました。
古のならいに従い、皆さまもお参りしてみてください。』

北野天満宮 (26)_resized
本殿裏の地主神社と末社、
地主神社は、建て替え中で、別の所にお祭りしてあるとか。

北野天満宮 (28)_resized
本殿裏の摂社。末社 

◆その七 天狗山(てんぐやま)
『当宮の境内の北西の角には天狗山と呼ばれる
小山があります。
室町時代に描かれた「社頭古絵図」(北野参拝曼荼羅)には、
ユーモラスな烏天狗が描かれており、大昔、この辺りには
天狗が出没したのかもしれないと想像をかきたてられる場所です。
また、この場所は都の守護を司った乾(北西)に立つ
北野天満宮の境内のさらに乾にあることから
特に神聖な場所とされてきました。』

北野天満宮 (29)_resized

北野天満宮 (30)_resized
なでると一つだけ願いがかなうという「一願成就のお牛さん」

北野天満宮 (32)_resized

北野天満宮 (33)_resized
やたらと摂社・末社が多いです。

北野天満宮 (38)_resized

北野天満宮 (39)_resized

北野天満宮 (41)_resized
宝物殿
『国宝「北野天神縁起絵巻」など、皇室をはじめ、
公家や武家より奉納された当宮の宝物を収蔵・公開
しています。毎月25日とその他期間限定で開館しています。』

北野天満宮ご朱印_resized
社務所でご朱印いただきました!

北野天満宮 (42)_resized
ネットでランチの場所を探していた時。おススメの場所 
として紹介されていたとようけ茶屋(とようけちゃや) さんは、
バス停のすぐ横にありました!
湯豆腐膳1,050円など。元々お豆腐屋さんなんですね!



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