京都22社巡り・上賀茂神社(賀茂別雷神社)、遷宮特別夜間参拝と生け花と能の会

京都22社巡り・上賀茂神社(賀茂別雷神社)、遷宮特別夜間参拝と生け花と能の会

今日の神戸は、晴れ!
昼間は穏やかなお天気みたいですね!
昨日も、朝は寒かったんですが、昼間はあったかでした。

昨日は、1日、のんびり家で過ごしました。
布団の入れ替えをしたり、お洗濯をしたり。
旅行記や書類の整理をしたりetc。

みーにゃんが、ハロウィンに使った猫耳を気に入っていて、
袋になおしておいても、ひっぱり出してきて、遊んで、
どこかに隠してしまいます。
オレンジの猫耳ほしいん 

さて、ちょっと間が空いてしまいましたが、
京都22社巡りの続きのお話は、上賀茂神社。
加茂みたらし茶屋のすぐ近く、同じ通りに、京都市バスのバス停、
下鴨神社前から[4]上賀茂神社前行きに乗って、
2~30分ぐらいで、上賀茂神社到着 
かなり山の方に上って来たという感じです。

★上賀茂神社(賀茂別雷神社:かもわけいかづちじんじゃ)
京都おもしろスポットHP(http://kyoto.gp1st.com/530/ent234.html)と、上賀茂神社HPによると、
『上賀茂神社は正式名称を「賀茂別雷神社」といい、
京都市内の北部上賀茂の地にあり、神代の時代から
信仰を集めています。
上賀茂神社(賀茂別雷神社)は下鴨神社(賀茂御祖神社)
と共に、賀茂氏の氏神を祀る神社で、葵祭(賀茂祭)などは
賀茂神社両社共同で実施されます。
上賀茂神社の御祭神「賀茂別雷大神」は、母である玉依日売
(たまよりひめ)が境内を流れる御手洗川に流れてきた白羽の矢を
床に置いたところ懐妊したとされます。
玉依日売とその父の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)は
下鴨神社に祀られています。
御祭神である「賀茂別雷大神」の「別雷」とは若い雷(神鳴り)という
意味もあり、雷を神様と考えていた古来日本人の信仰を伝えています。

<御祭神>賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)

<御神徳>
・厄除:雷(いかづち)の御神威により、厄を祓いあらゆる災難を
除き給う厄除明神・落雷除・電気産業の守護神として広く信仰されています。
・方除:桓武天皇の御代に都が京都に遷されて以来、
皇城鎮護の神、鬼門の守り神、総地主の神として崇められ、
今日も建築関係等の方除祈願が多くあります。

<由緒>
神代の昔、本社の北北西にある、秀峰神山(こうやま)に
御降臨になり、天武天皇の御代(678)、現在の社殿の基が
造営されました。
本殿御鎮座以後も広く庶民の信仰を集め、皇室の御崇敬は
歴代にわたり、行幸啓は枚挙にいとまなく、国家の重大時
には必ず奉幣、御祈願がありました。
嵯峨天皇は御杖代(みつえしろ)として皇女有智子(うちこ)内親王
を斎王(さいおう)と定め、その制度は以来三十五代、約四百年続きました。

<方除>都が京都に遷されて以来、皇城鎮護の神、
鬼門の守り神として崇められています

<文化財など>本殿 権殿(国宝) 楼門、唐門、西渡廊など多数(重要文化財)
ユネスコ文化遺産「古都京都の文化財」(世界遺産)
上賀茂神社では、京都三大祭りの一つ葵祭が催される他、
曲水宴、競馬会など多くの祭事が行われます。』 という。

■遷宮特別夜間参拝 平成27年10月16日(金)~18日(日)18:00~20:00/ 本殿前
遷宮を終えた本殿をライトアップし、夜間にご参拝させていただける
ということで、行ってみると、提灯を持って参拝出来るということで、
提灯をもらうのに並んでいる人がいましたが、取りあえず、
本殿の方へ向かいました。
上賀茂神社 (3)_resized
でも、予想通り、6時まで入場できません。
生け花と能の会にも出たかったのですが、6時に始まってから、
終わるまで1時間近く、トイレにも立てないということなので、
断念することにしました。
上賀茂神社 (4)_resized

6時まで、参拝の人は入れないということだったので、
ご朱印をいただくために、社務所に行ってみました。
上賀茂神社ご朱印
社務所では、まだたくさんの方々が働いていらっしゃいました

上賀茂神社 (5)_resized
まあるい月が出ています。

参拝のためには、並ばなくてもいいという係の人の説明だった
のですが、生真面目な日本人の性格からか、鳥居の前に、
みなさん並んでいらっしゃいました。

立砂を明るいうちに撮るのを楽しみにしていたんですが、
鳥居の前には撮影禁止の文字!
でも、これ、能のことだったみたい!

立砂
『上賀茂神社の二の鳥居を入ると一番最初に目に入る
のが円錐形に整えられた「立砂(たてずな)」です。
立砂は細殿前に作られ、神様が最初に降臨された
上賀茂神社の北2kmにある神山を模して作られたと言います。
現在でも鬼門や裏鬼門に砂をまき清めるのはこの「立砂」が
起源とされています
。毎年9月9日に行われる烏相撲(からすずもう)は、
立砂の前に土俵を造り児童などが相撲を奉納します。』という。

この立砂、実際に見てみると、意外に小さいのにびっくりしました。

上賀茂神社 (7)_resized
『「外幣殿」は上賀茂神社境内(二の鳥居)の外に位置します。
上皇の御幸や賀茂祭(葵祭)の一行が到着されるときに
使用されます。(重要文化財)』

上賀茂神社 (6)_resized
大分暗くなってきて、灯りがともり、午後6時より二の鳥居より
入場開始です!
真っ暗で、何が何だかよくわかりません。

上賀茂神社 (8)_resized
中門をくぐると、本殿。

上賀茂神社 (9)_resized
御手洗川にかかる赤い橋は、手前が、片岡橋で、
奥に見えるのが、玉橋

上賀茂神社 (10)_resized
橋の手前から、見ようと思っていた、生け花と能の会
が見えました。

上賀茂神社 (11)_resized

上賀茂神社 (12)_resized
AGFのHPによると、
『平成27年10月17日(土)18:00~、19:30~/ 橋殿
境内を流れる小川のうえにかかる橋殿(舞殿)を舞台に
生け花と能の共演が行われます。
境内散策コースや珈琲ワークショップも設けられます。※予定
世界文化遺産である上賀茂神社の境内に湧きだす「神山湧水」。
この「和の真髄」である神山湧水と、「洋の精髄」である珈琲が
奇跡の邂逅を果たした「神山湧水珈琲」が飲めます。
京都の伝統文化「生け花」「漆」「能」がひとつの舞台で
響き合い、調和する美しい形の公演です。

未生流笹岡家元 笹岡 隆甫(ささおか りゅうほ)氏が、ならの小川
の水を汲むところから舞台が始まります。

花器は、漆工芸家 三木 啓樂(みき けいご)氏に
この日のために制作を依頼しました。

観世流能楽師 橋本 忠樹(はしもと ただき)氏が舞うのは
「仕舞 融(しまい とおる)」。
長い歴史を持ちながらも絶えず新しい水を
生み出している神山湧水。
湧き水の小川にかかるお社での豊かな共演を観ながら、
古から未来へと思いを馳せる時間を過ごします。』という。

上賀茂神社 (13)_resized
<舞殿(橋殿)>
『境内を流れる御手洗川をまたぐように建てられています。
夏越大祓(なごしのおおはらえ)のお祭りでは橋殿から
御手洗川に人形が流されます。(重要文化財)』

参拝していないんですが、<片山御子神社(片岡社)>
という摂社があって、『上賀茂神社の御祭神「賀茂別雷大神」
の母君である「玉依比売命」を祀ったお社です。
玉依比売命は賀茂族で最も権威の高い女性で、「賀茂別雷大神」
に仕えて祭司を司っておられたと言われています。
片山御子神社は第一摂社として上賀茂神社の祭礼でも、
まず最初に祭りを行うのが恒例になっています。
片山御子神社は「縁結びの神様」としても古来から有名で、
紫式部が何度もお参りしたことでも知られています。
紫式部は、片岡社にちなんでこんな和歌を詠んでいます。
ほととぎす 声まつほどは 片岡の
  もりのしづくに 立ちやぬれまし(新古今和歌集:第三巻 夏歌)
*和歌の意味:ホトトギス(将来の結婚相手の声)を待ちわびる間、
片岡社の木の下に立ち、朝露に濡れていましょう。

<ご利益>縁結び、恋愛成就、子授かり
紫式部が縁結びを祈願して上賀茂神社第一摂社の片岡社に
お参りしたことに因んで源氏物語の挿絵がある絵馬に願いを
書き込み、奉納することが出来ます。(絵馬:500円)』という。

上賀茂神社 (14)_resized

上賀茂神社 (15)_resized
参道に提灯が置かれています。月がきれいな夜でした。
暗くて、いろいろなものを見落としたあわただしい参拝
だったので、また明るい時に訪れる機会があればいいな、
と思います。

産経WESTによると
、『21年に1度の式年遷宮を迎えた上賀茂神社(京都市北区)
で15日、修復が終わった国宝の本殿に御神霊を戻す
「正遷宮(しょうせんぐう)」が営まれた。
暗闇の中、神職らが御神霊を乗せた御船代(みふねしろ)と
呼ばれる神具を厳かに運び、式年遷宮の最重要の祭事は
大きな山場を迎えた。
午後8時すぎ、約600人の参列者が見守る中、本殿の隣にあ
る権殿(ごんでん、国宝)の扉が開かれ、天皇陛下の勅使が
御祭文(ごさいもん)を奏上。
明かりが消された境内に「オー」という低い声が響く中、神職らが
御神霊を取り出し、絹の幕で囲って本殿に移した。
その後、御神宝も運び入れられ、明かりがともされた本殿前で、
勅使と田中安比呂(やすひろ)宮司らが拝礼した。
式年遷宮は、一定の期間ごとに社殿を造り替え、神意を発揚する祭事。
上賀茂神社では、長元9(1036)年に21年ごとに式年遷宮を行う
と定められ、戦争による中断なども挟みつつ今回で42回目となるが、
明治以降は本殿など大半が文化財に指定されたため、社殿などの
大規模修理が中心となっている。』という。



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