エベレスト3Dと、ブリュレ ド サンク(バウムクーヘン)

エベレスト3Dと、ブリュレ ド サンク(バウムクーヘン)

今日の神戸は、1日雨みたい。
自転車乗れないのかなぁ?

昨日は、アクアズンバと、アクアビクス2本、
プールサイドストレッチ、クロール500m、平泳ぎ500m、
ヨガ、お風呂。
前日より体重ー2.5kg 
でも、またすぐ増えるけどね~~!

先週の土曜日、「エベレスト 3D」観に行ってきました!
PB140891.jpg
Wikipediaによると、
『「エベレスト 3D』」原題: Everest)は、2015年制作のアメリカ合衆国・イギリスの映画。
1996年にエベレストで起きた大量遭難事故の映画化。
<1996年のエベレスト大量遭難>
1996年のエベレスト大量遭難(英称;1996 Mount Everest disaster )は、
1996年5月に起きたエベレスト登山史上最悪の遭難事故の一つで、
8名の登山家が死亡した。

◆背景
エベレスト登山は、1893年ごろから計画が立てられるようになり、
1953年には世界で始めて登頂が行われた。
このころは一部の冒険家や国家的プロジェクトによる冒険であったが、
バリエーションルートなどの困難な攻略が一巡すると経験を積んだ
登山家の攻略対象ではなくなり商業化が進むことになった。
特に1985年に富豪ディック・バスがガイドによる全面サポートを
受けた登頂に成功し、その過程を記した「セブン・サミット」を出版すると
富豪や高所得者による七大陸最高峰の人気が沸騰。
1990年代半ばには公募隊による登山が主流となり、アマチュア登山家
であっても必要な費用を負担すれば容易にエベレスト登山に参加
できるようになった。
あらかじめシェルパやガイドによるルート工作や荷揚げが行われるため、
本来なら必要であった登攀技術や経験を持たないまま入山する登山者が
現れるとともに、ルートが狭い場所においては登山家が渋滞し、
長時間待つようなことも増えた。

◆遭難に至る経緯
1996年、ニュージーランドのアドベンチャー・コンサルタンツ社は、
1人65,000ドルでエベレスト営業公募隊を募集した。
探検家のロブ・ホールが引率して、世界中のアマチュア登山家と共に
5月10日に登頂を果たすというツアーで、いわゆる商業登山隊
(ガイド3名・顧客9名)であった。
他にもスコット・フィッシャー(Scott Fischer )が引率するマウンテン・
マッドネス社公募隊も行動を共にすることになった。
日本人の難波康子も参加した。
参加者の中には、本来登山には必要ない大量の資材を持ち込んだり、
不適切な性交渉を行う参加者がおり、ガイドやシェルパの負担は
小さくなかった。
荷揚げの時点でマウンテン・マッドネス社の主力シェルパ、
ナワン・トプチェが高所性肺水腫によって重体となり、この処理に
シェルパ頭のロブサンが当たったため負担はさらに増加した。

スコット・フィッシャーの隊には、サブガイドとしてロシア人の
アナトリ・ブクレーエフ(Anatoli Boukreev)が初参加した。
ブクレーエフはガイドとして十分な仕事をせず、隊長の
スコット・フィッシャー自ら体調不良者をベースキャンプに
送り返す等の労働に従事することになり、登頂前すでに
スコット・フィッシャーは疲労困憊となっていた。
また、顧客の一人レーネ・ギャメルガードが数度にわたり
無酸素登頂を要請したが、これを撥ねつけたため
険悪な空気が醸成されていた。

技術、体力ともに稚拙なメンバーの牽引に人手を割かれたことで
予定していた山頂までのルート工作が完成しておらず、
山頂に向かった人間は予定外の待機や作業によって酸素、体力
とも大幅に消耗していた。
また、渋滞を避けるために登頂日を分ける事前の取り決めに
非協力的な態度を取った南アフリカ隊や、一旦合意しておきながら
翻意する台湾隊もおり混乱が始まっていた。

難波は登山技術と英会話能力に幾分か問題があったようだが、
5月10日にサウス・コルルートからアタックし登頂に成功した。
これによって同じルートで登頂に成功した田部井淳子に続き、
難波は日本人女性で2人目のエベレスト登頂者、及び
七大陸最高峰の登頂者となった。
しかし、登頂を果たした時間は、引き返す約束の14時を1時間過ぎた
15時であった。
後述の通り、難波は生きて下山することは叶わなかったため、
「登頂とは生きて帰ってこそ意味がある行為」という考えをもとにすれば、
難波のエベレスト登頂は失敗に終わった。
引き返す約束の14時を過ぎて、ロブ・ホールとともに16時30分に
登頂したメンバーも2名いたが、2名とも遭難死している。
頂上近くはルートが限られ、他の台湾の公募隊なども加わり、
絶壁を越えるような難所では渋滞が発生し時間を浪費した。
隊長のスコット・フィッシャーは自己責任を強調し、14時という
リミットには寛容であった。
一方、ロブ・ホールは頂上が前に見えていても14時になったら
引き返すように参加者に強く指導していた。

◆登山隊の主なメンバー
≪アドベンチャー・コンサルタンツ隊≫
ガイド
・ロブ・ホール(死亡) - 隊長・筆頭ガイド
・マイク・グルーム(Michael Groom ) - ガイド
・アンディ・ハリス(死亡) - ガイド
・アン・ドルジェ - シェルパ頭

顧客
・ダグ・ハンセン(死亡) - 郵便局員。前年にも頂上手前で敗退。
・難波康子(死亡) - Fedex社員。七大陸最高峰のうち
六峰に登頂していたが、いずれも加藤保男、長谷川恒男などに
引率されたガイド登山だった。
・ジョン・クラカワー(Jon Krakauer ) - アウトドア雑誌編集者。
クライミング経験は豊富だが8,000m峰の経験はなかった。
・ベック・ウェザーズ(Beck Weathers ) - 病理学医。
七大陸最高峰のいくつかに登頂していたが、8,000m峰の経験はない。
・スチュアート・ハッチスン - 心臓専門医。K2、ブロード・ピーク
など8,000m峰の経験あり(ヒラリー・ステップの渋滞のため途中で下山)。
・ルー・カシシケ - 弁護士。七大陸最高峰のうち六峰に登頂
(ヒラリー・ステップの渋滞のため途中で下山)。
・ジョン・タースケ - 麻酔科医。8,000m峰の経験なし
(ヒラリー・ステップの渋滞のため途中で下山)。
・フランク・フィッシュベック - 出版業者。エベレストに3回敗退の経験。
(南峰=サウスサミットまで到達するが体調不良のため途中で下山)

≪マウンテン・マッドネス隊≫
ガイド
・スコット・フィッシャー(死亡) - 隊長・筆頭ガイド。
・ニール・ベイドルマン - ガイド。サウス・コルのビバーク地点からキャンプ4に帰還。
・アナトリ・ブクレーエフ - ガイド。
・ロブサン・ザンブー - シェルパ頭。
顧客:省略

≪台湾隊≫
・高銘和(通称:マカルー・ガウ) - 隊長
・ミンマ・ツィリ - シェルパ
・ニマ・ゴンブ - シェルパ
台湾隊は他に陳玉男がアタックの予定だったが
高所順応中に滑落死した。』という。
以下、詳細は、 https://ja.wikipedia.org/wiki/1996%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%A8%E3%83%99%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E5%A4%A7%E9%87%8F%E9%81%AD%E9%9B%A3

3Dということで、登山の臨場感を期待したが、
期待外れだった。
実話を基にしているので、ストーリーにも
特に工夫はない感じ。

観た感想としては、
「そこに山があるから登る」「登頂した時の感動がえも言われない」
というだけのために、命の危険を冒してまで登るのは、
究極の自己満足だな、と思った。
ましてや、万一の時には、他の人の命まで危険に晒すことに
なるのだから、私には、「素晴らしい!」偉大な行為だとは、
とても思えません。
願わくば、巻き込まれて亡くなる方がありませんよう 

PB140892.jpg
映画館のあるビルでも、もうクリスマスの飾り!
気が早いよね~~!

DSC_0185_resized.jpg
日生の帰り道で、SAで買った「ブリュレ ド サンク」
「しっとりほろ苦いキャラメルの層と、コクのあるバームクーヘンの食感」
ということで、人気商品っぽく飾ってあったので買ってみたけど、
バウムクーヘン自体の味、イマイチ、キャラメリゼとの相性、イマイチ。
スーパーで売ってるバームクーヘンの方が、おいしかったりして 
それにしても、これ、福岡のお菓子屋さんなんだね!
何で、兵庫県のSAでわざわざ売ってるんだろう 



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