南イタリアおひとりさま旅Voℓ.19、マテーラの大聖堂(カテドラーレ ドゥオモ)、洞窟教会

南イタリアおひとりさま旅Voℓ.19、マテーラの大聖堂(カテドラーレ ドゥオモ)、洞窟教会

今日の神戸は、雨が降ったリ止んだり。 
昨日の朝の予報では晴れで、喜んでたのに~~!

昨日は、ヨガと、ZUMBA♪と、フットケアマッサージ、
筋膜ほぐしと、ブルブルマシーンとお風呂。
またキャビスパを持って行くの忘れた~~!
寝る前に「エグータム」を付けるのもいつも忘れるし、
何でこんなに忘れぽいのかなぁ 

ブログに旅行記アップしているのですが、
この間のイタリア旅行もまだ途中で、今度の伊勢・鳥羽旅行!
どっちを先に書けばいいんだ 
めったに行かない海外旅行か 
記憶の新しい伊勢・鳥羽旅行か 
悩ましいところです。
実は、京都、伏見稲荷も書きかけなんです。

まあ、でも、ここは、めったに行かない海外旅行の方を 
先に仕上げるべきかな 

さて、南イタリアおひとりさま旅の続きのお話は、
「La Cola Cola」でお食事をした後、【世界遺産】マテーラの観光 
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マテーラの大聖堂(カテドラーレ ドゥオモ)は、
ふたつのサッシ、サッソ・バリサーノ地区サッソ・カヴェオーソ地区
を分けるように、その間の高い場所に建てられているそうです。 
13世紀のプーリア・ロマネスク様式で、内部は、
いろいろ改築されているそうですが、外観は、当時のもの
が残っているそうです。
大聖堂の右側には、Porta di piazza 広場の扉があり、
リュネット(扉の上の半月系の部分)には、小さなアブラハムの
浮き彫りで、両側にいるのは、ベネディクト会修道士。
もうひとつの扉は、Porta di leoni ライオンの扉で、
その名の通り、ライオンが扉の両側を守っているそうです。

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外観のあっさり感に比べて、内部はとても豪華ですね!

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7.22マデーラ 大聖堂
ファサードには、大きなバラ窓があり、バラ窓を囲んで4人の人。
上にいるのは、聖ミカエル、左横に、職人、右横に、金持ち、
下に、貴族。屋根の上から垂れ下がるようにある柱は、12本。
12人の使徒を象徴しているそうです。
両横の4本の柱は、4人の福音書の著者、マタイ、マルコ、ルカ、
ヨハネを表しているそうです。

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国旗が掲げてある建物は、何かのお役所とかでしょうか 

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Wikipediaによると
、『マテーラ (イタリア語: Matera ) は、イタリア共和国バジリカータ州
にある都市で、その周辺地域を含む人口約6万人の基礎自治体
(コムーネ)。マテーラ県の県都である。
旧市街地区は、石灰質の岩肌に作られた「サッシ」と呼ばれる
洞窟住居があることで有名である。
「マテーラの洞窟住居」は1993年にユネスコの世界遺産に登録された。
2019年の欧州文化首都に選ばれている。

<地勢・市街>
旧市街は、丘になっているチヴィタ地区サッソ・カヴェオーゾ
サッソ・バリサーノという地区に分れている。
岩石はトゥファと呼ばれることがあるが、いわゆる火山性の凝灰岩ではない。

<文化・観光>
旧市街地区には、石灰質の岩肌に作られた「サッシ」と呼ばれる
洞窟住居があることで有名で、「マテーラの洞窟住居」として
1993年にユネスコの世界遺産に登録されている。
この景観から、メル・ギブソン監督の『パッション』(2004年)を
はじめとする映画のロケ地にもなっている。
他の映画は、
・奇跡の丘 - ピエル・パオロ・パゾリーニ監督、1964年   
・エボリ - フランチェスコ・ロージ監督、1979年
・明日を夢見て - ジュゼッペ・トルナトーレ監督、1995年 
・マリア - キャサリン・ハードウィック監督、2006年
・オーメン - ジョン・ムーア監督、2006年           
・ベン・ハー - ティムール・ベクマンベトフ監督、2016年

サッシ
サッシ(石・岩を意味するサッソの複数形)は、マテーラにおいて
洞窟住居を意味する。
マテーラのあるグラヴィナ渓谷石灰岩の侵食により形成され、
渓谷にはこのサッシが何層にも重なって存在している。
このサッシがいつ頃から作られたかは不明だが、8世紀から
13世紀
にかけて、東方からイスラム勢力を逃れた修道僧
住み着き、130以上の洞窟住居を構えていたといわれている。
マテーラ周囲からは、旧石器時代の出土品も発見されているため、
かなり古くから人々が住んでいたと考えられている。
15世紀から16世紀には、オスマン帝国に追われたアルバニア人や
セルビア人
などが移住。
当時マテーラを支配していたアランゴーナ家は、この地域を
ジャンカルロ・トラマンターノ伯爵に売り渡す。
トラマンターノ伯爵は、マテーラに重税を課すが、
住民はこれに反発し伯爵を惨殺する。
その後、マテーラは1663年にバジリカータの州都となり繁栄期を迎える。
しかし1806年にポテンツァに州都が移され、
その後の経済逼迫の影響もあり衰退していく。
その後、長らく小作農民の住居であったサッシは、
南イタリアの貧しさの象徴的な見方がなされた。
19世紀までは比較的快適な住環境であったが、20世紀初頭より、
人口が急速に増加し、元々は畜舎であった採光も水の流れも
劣悪な洞窟も住居として使用されるようになった。
そのため衛生状態も極度に悪化し、乳児の死亡率は50%に達した。
行政当局としてもこの状態を放置できなくなり、1950年代に
法整備を行い、これにもとづきマテーラ郊外に新たな集合住宅
を建設し、サッシ地区の住民を強制的に移住させた。
その数は約1万5,000人に上る。
この結果、サッシ地区は無人の廃墟と化す。
しかし150以上の石窟聖堂や3,000戸ほどの洞穴住居、地下水路で
各戸の貯水槽に上水を供給するシステムなど、ユニークな
文化的資産が見直され、1993年にユネスコの世界文化遺産
に指定された。
これを契機に訪れる観光客も増え、これを対象とした宿泊施設、
食堂、工芸品の販売店などが増え、現在は洞窟住居の5分の1
ほどが再利用されている。

ドゥオモ
サッシの中心には、13世紀に建築された石造のドゥオモ(大聖堂)がある。

<旧石器時代の遺跡>
世界遺産の登録外であるが、グラヴィナ渓谷を挟んで
マテーラの反対側には、ムルジェッキアという旧石器時代
の集落跡が発見されている。

<登録基準> 
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を
満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産
センター公表の登録基準からの翻訳、引用である。
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
5) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。』という。

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イタリアという土地は、ホントに不思議な建造物が多いですね!

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下って行く道を歩きながら、とにかく暑い 
40℃ぐらいあるんじゃないの?という感じ。

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添乗員さんが、ガイドさんに暑いので、あまり詳しい説明はいらない
と言ったせいか、ほとんど説明がなく、ただの道案内という感じでした。

7.22マデーラ 洞窟教会
(洞窟教会写真:トリップアドバイザー提供)    
むか~~し、稲垣早希ちゃんが、「 ロケみつ 」の海外版で、
訪れていた洞窟教会が見えます 
入りたかったんだけど、そこまで行かないということでした。
残念!
洞窟教会は、サッソ・カヴェオーソの東隅の、切り立った崖の上にある
大きな岩山の中に建っていて、手前に見えるサン・ピエトロ・カヴェオーソ
教会
と比べてみても、これが教会なのか!と驚きますね!

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広場には、お土産を売るお店が数件出ています。



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