お正月、広島・山口旅行Vol.9、吉香公園

お正月、広島・山口旅行Vol.9、吉香公園

今日の神戸は、晴れ一時曇。 
まだまだ朝晩寒いようですね。

昨日は、アクアズンバと、プールサイドストレッチ、平泳ぎ1km。
まだ右腕の付け根近くの痛みが取れなくて、
クロールが出来ません。
その後は、ヨガと、ZUMBA♪と、筋膜ほぐし、4週間で開脚ストレッチ
って!何か月やってるんやろう 
全く開脚できるようになってないけど!
そして、お風呂でキャビスパ!
これも効果がなさそうやなぁ……。
これだけがんばって、1kgしか体重減ってなかったよ!
もっと激しい事やらなあかんのかなぁ 
というか、食べ過ぎ、飲み過ぎやめろって 

さて、お正月、広島・山口旅行、続きのお話は、
錦帯橋を渡ると、TVの旅番組で見たことがあるような感じのソフトクリーム屋さん!
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まだ9時前のせいか閉まっています。

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ここは、吉香公園というみたいです。
岩国の観光comさんによると
、『「吉香公園」 (きっこうこうえん) は旧岩国藩主吉川家の居館跡で、
1880年(明治13年)から1968年(昭和43年)まで旧制岩国中学校~
山口県立岩国高等学校として利用されていた場所を、
高校の移転に伴い公園にしました。
広大な園内には目加田家住宅、錦雲閣、吉香神社など、
藩政時代を偲ばせる建造物が点在しています。
また、1916年(大正5年)に明治期の校舎の一部を利用して建てられた
旧制岩国中学校の武道場が残っており、
現在は、岩国高校記念館となっています。』という。

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吉川広嘉公像
Wikipediaによると、
『元和7年(1621年)7月6日、第2代領主・吉川広正の長男として萩に生まれる。
寛永元年(1624年)に、証人(人質)として江戸に上り、
寛永7年(1630年)に将軍徳川家光に御目見した。
同年、弟の千若(吉川就紀)が証人となり、帰国した。
寛永11年(1634年)に萩で元服し広佳と名乗った。
正保2年(1645年)4月には改名して広純を名乗る。
寛文3年(1663年)8月28日、父の隠居により家督を継ぐ。
生来病弱であったため京都で療養し、諸学と京風を身に着け、
狩野探幽等とも交流があり、後年の錦帯橋架橋にも繋がる人脈を構築した。
領主としての治績は、瀬戸内沿岸二千町歩を干拓
耕地を拡大したこと、領札を発行したことがある。
最大の治績は、延宝元年(1673年)、同2年(1674年)と連年錦川に
架橋工事を行い、現在の形の錦帯橋を架橋したことである。
特に延宝2年の架橋工事は緻密を極め、橋は以後第二次世界大戦後に
キジヤ台風で崩壊・流失するまで一度も流失しなかった。
延宝7年(1679年)8月16日に死去した。享年59。長男・広紀が跡を継いだ。』という。
第3代岩国葉藩主で、錦帯橋を造った人ということですね!

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香川家長屋門
『岩国藩家老香川氏の表門で、1693年 (元禄6年) の建立と伝えられています。
岩国市の建造物としては最も古いものの一つで、当時の武家屋敷の構えをよく残しており、
1966年 (昭和41年) には山口県の有形文化財に指定されています。
長屋門の外観は、道路からいつでも自由に見ることができますが、
内側の見学は、門が開いている時にのみ可能です。
ただし内側は、現在も個人の住宅であり、庭などに立ち入ることはできません。』という。

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公園内はけっこう広くて、岩国城へ上るロープウェイ乗り場までちょっと歩きます。

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ロープウェイ山上駅

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ロープウェイを下りた所から、岩国城までも、けっこう歩かないといけなそうですね!

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何かと思ったら、噴水のようです、

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目加田家住宅
『江戸時代中期の18世紀中頃に建てられた中流武家屋敷です。
岩国の武家屋敷は、錦川の氾濫に備えて二階建てが多かったようです。
目加田家住宅も二階建てですが、表側は大屋根としてあり、
一見して平屋に見えます。
これは藩主が通る際に見下ろすことがないように配慮したものと言われています。
入母屋造りの建物は、簡素ながら端正な構造で、250年を経た現在も
当時の武家屋敷形式をよく伝えており、1974年 (昭和49年) に
国の重要文化財に指定されています。
特徴ある両袖瓦 (りょうそでがわら) と平瓦を使用した二平葺き (にひらぶき)
は岩国の瓦師が考案したと言われ、岩国城下町に見られた地方色です。』 という。




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