お正月、広島・山口旅行Vol.26、三翁神社、豊国神社(千畳閣)、五重塔

お正月、広島・山口旅行Vol.26、三翁神社、豊国神社(千畳閣)、五重塔

今日の神戸は、晴れ!
昼間は、春の陽気になるようです。
3連休だし、みなさんどこかにお出かけでしょうか 

さて、先に、出石と湯村温泉の話をアップしたので、
随分お久しぶりになりますが、お正月、広島・山口旅行、続きのお話は、
ロープウェイで弥山から下山した後、
厳島神社周辺のまだ見ていない所に行きました。
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三翁神社

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<中央>佐伯鞍職(さえきのくらもと)、安徳天皇、所翁(ところのおきな) 、
二位尼(にいのあま)、岩木翁(いわきのおきな)、大綿津見命(おおわたつみのみこと)、
<左殿(向かって右)>大己貴神(おおなむちのかみ) 、猿田彦神(さるたひこのかみ) 、
<右殿(向かって左)>御子内侍(みこないし) 、竹林内侍(たけばやしないし)、
徳寿内侍(とくじゅないし) 各祖神
Wikipediaによると、
『・佐伯鞍職は安芸国の豪族で佐伯翁とも称される。
所領は近年まで佐伯郡と呼ばれており、現在の広島県広島市
西区己斐以西、同市佐伯区・安佐南区、廿日市市、大竹市、
北広島市にも及んでいる。
鞍職の生年と没年は古代のため不明だが、海上交通の要衝
であった廿日市市折敷畑に守護神となる速谷神社を、
同じく海上交通の要であった厳島に守護神となる嚴島神社
それぞれ建立したと伝わる。
鞍職の嚴島創建については、伊都伎島、「平家物語」、「源平盛衰記」
等に記録されている。
なお、神武天皇の東征において、佐伯氏は隼人の久米部の兵と
共に抜群の功をたてたと伝わっている。
所翁は鞍職が部下を伴って大野瀬戸で遊猟していた時、
西から紅の帆を掲げた船が来航し、その船の者が鞍職の
部下のところに来たので部下が「お前は何者か」と問うと
「私は所(この付近)の者です」と答えたといい、この部下
の事という(厳島神社刊「伊都伎島」)。
なお、所の翁の末裔は所姓を名乗り広島県大竹市の
大瀧神社の神主家を継いでいる。
岩木翁(盤木翁)は市杵島媛命が宮島に鎮座した時、
五烏 (神烏)が廿日市市上平良村に光臨し、岩礁の上留まって
村の主であった岩木翁に神懸かりした為に10歩の土地を
寄進して神鳥を祀る祠を建てた人物という。
岩木翁は磐木権現として権現山(現在の速谷神社境内の飛び地)に
磐木権現宮が建立され鎮座すると伝えるが(宮島町刊「厳島道芝記 全」)、
磐木権現宮は速谷神社の鎮座以前の地主神であり速谷神社本殿西
の境内にも岩木神社として分祀されたという。
なお、磐木権現宮は、速谷神社入口の鳥居の西南約200メートルの
丘(権現山)に鎮座している。』という。

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けっこう長い階段を上ります。

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豊国神社(千畳閣):Wikipediaによると、
『千畳閣(せんじょうかく)は、広島県廿日市市の嚴島神社末社
豊国神社(とよくにじんじゃ)本殿の通称。  

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祭神:豊臣秀吉公、加藤清正公。

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由緒:天正15年(1587年)、豊臣秀吉が戦歿将兵の慰霊
のために大経堂として建立した。
畳857枚分の広さがあることから「千畳閣」と呼ばれるようになった。
秀吉の死により工事が途中で中止され、板壁も天井の板もない
未完成の状態のままとなっている。
明治初年の神仏分離により本尊の釈迦如来座像大願寺に遷され、
嚴島神社の末社として秀吉公と清正公と号する祭神を祀る神社とされた。

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社殿(本殿):桁行正面13間背面15間、梁間8間の入母屋造平入本瓦葺
隣に建つ五重塔とともに重要文化財に指定されている。』という。 
入場料は、100円で、靴を脱いで上がる。

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中に巨大なしゃもじが奉納されていました。
ちなみに、漢字で書くと、「杓文字」です。
 
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床下は、立って歩けますが、低くなっているところもあります。
最後まで、まっすぐ立って歩くと、いいことがあるかも 
ということで、やってみました!

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千畳閣より下界を眺める。

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五重塔《重要文化財)

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『千畳閣の隣に建つ五重塔は、和様唐様を巧みに調和させた
建築様式で、桧皮葺の屋根と朱塗りの柱や垂木のコントラストが
美しい塔です。
高さは27.6m。応永14年(1407年)に建立されたものと伝えられています。
内部は完全な唐様で、一般の見学はできませんが、
内陣天井に龍、外陣天井には葡萄唐草、来迎壁の表には蓮池、
裏には白衣観音像などが極彩色で描かれています。
塔内にあった仏像は、明治元年の神仏分離令により、
大願寺に遷されました。
またこの五重塔が建つ塔の岡は、厳島合戦で東軍が
陣を構えたと伝えられています。』という。



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